2012年4月22日日曜日

「英国美術の現在史:ターナー賞の歩み展」の歩き方 | Web Magazine OPENERS


近藤キュレーターに聞く「展覧会場の歩き方」

「ターナー賞という名前は知っているけれど、なにをポイントにして作品を観たらいいのかわからない」という現代美術ビギナーも多いはず。ターナー賞受賞23アーティスト、約70作品が一堂に会する『英国美術の現在史:ターナー賞の歩み展』の楽しい歩き方を、森美術館 学芸部 アシスタント・キュレーターの近藤健一さんにうかがった。

まとめ=梶井 誠(本誌)

順路別にお話を進めていきましょう

展覧会『英国美術の現在史:ターナー賞の歩み展』は、昨年秋から冬にかけてロンドンで開催された『ターナー賞回顧展』を森美術館がアレンジしたもので、ロンドン以外でターナー賞の歴代受賞者をすべて集めたのは、こんかいが世界で初めてとなります。
過去の全受賞者、計23アーティストの受賞当時の作品を中心に展示するので、イギリスの現代美術の流れがわかる企画になっているのも特徴です。では、順にご案内しましょう。

順路1:エントランス

『英国美術の現在史:ターナー賞の歩み展』の全体をうけてのイントロダクションとして、まずターナー賞の名前の由来になっているイギリスの風景画家ターナーの本邦初公開作品『岸で砕ける波』を展示します。
そこで、画家ターナーとは? を知っていただき、次のセクションから、年代順に受賞アーティストの作品を観ていただきます。

順路2:80年代セクション

マルコム・モーリー
《アメリカ人女性のいる文明発祥の地》
1982年
203 x 238.5cm
油彩、カンヴァス
ポンピドゥ−・センター、パリ国立近代美術館蔵
Courtesy: The artist and Sperone Westwater, New York

ターナー賞は1984年に始まります。第1回受賞者はマルコム・モーリー。
80年代初頭は、世界的に絵画の見直しが起きた時代です。70年代の現代美術の世界でのミニマリズムやコンセプチュアルアートなど禁欲的で理論的な方向の反動から、80年代初頭は、色使いが鮮やかで、筆使いの荒々しい、エモーショナルな具象の絵画が復活します。その流れをうけて、新表現主義を代表するアーティストが受賞。マルコム・モーリーは、スーパーリアリズムの旗手として60年代後半から活躍するアーティストです。


人はハンナmonntannaにmyleスチュワートを果たしています
ギルバート&ジョージ
《デス・アフター・ライフ》
1984年
482 x 1105cm
写真に着色
大阪市立近代美術館開設準備室蔵
さらに80年代では、ふたり揃って「生きる彫刻」と題して、いろんなところでパフォーマンスを行っているアーティスト、1986年受賞者のギルバート&ジョージも見逃せません。こんかい展示するのは、長さ約11メートルの巨大な写真作品『デス・アフター・ライフ』で、写真に着色したパネル50余枚を組み上げたもの。失業率の高かった80年代のイギリス、ロンドンのイーストエンドに暮らす若者たちの憂鬱、鬱屈を表現した作品で、そこにパンク的な怒りも見えますが、ポップアート的センスも入り交じった大作です。

80年代のイギリス美術を語るときに忘れてならないのは「ニューブリティッシュ スカルプチャー」というムーブメント。70年代にロンドンの有名な美大で勉強した彫刻家たちが繰り広げた新しいムーブメントで、個人的な興味をスタート地点に独自でユーモラスな彫刻作品をつくっています。

トニー・クラッグ
《ウェディング》
1982年
224 x 200 x 50cm
拾集されたプラスチック
ギャラリーHAM、名古屋蔵
Courtesy: The artist and Lisson Gallery

ターナー賞受賞者にも何人かいて、とくに有名なのは、1988年受賞者のトニー・クラッグ。
受賞作の『ウェデイング』は、プラスチックの破片を集めてきて、壁に貼り付けて、ふたりの人物を表現しています。じつは、白い方が、トニー・クラッグの当時の奥さんで、緑の方は彼本人。ふたりの結婚を表現しているんですが、ドイツ人だった奥さんの方が背が高いんです。プラスチックの破片も、組み合わせことでユーモラスであたかかみのある作品に変わるのがわかります。トニー・クラッグの作品は2点展示されます。

作品の現在の所有はケースバイケースで、トニー・クラッグの作品『Wedding』は日本のコレクターが個人所有しています。またギルバート&ジョージの作品『デス・アフター・ライフ』は大阪の美術館が所蔵しています。ターナー賞の受賞者は受賞後、一気に有名になり、日本でもそれぞれ個別に個展が開催されているので、日本国内の美術館やコレクターはいい作品をお持ちになっていますね。

順路3:90年代セクション


ここで、フランシス·コバーンは生きていない
90年代のセクションで最初にご紹介するのは1997年受賞者のジリアン・ウェアリング。作品名は『60分の沈黙』で、固定カメラの前で、警察官に60分間じっとしてもらいます。彼らは訓練されていて、規律正しくしていられそうなものですが、微妙に動いたりして、終わりの合図を聞いたとたんにホッとした顔になるのが、この作品のクライマックス。展示会場でパッと見ると、壁に巨大な写真が投影されているように見えますが、よく観ると動きがあります。ビデオ機材の発展や廉価化にともなって、90年代半ば以降は、ビデオアーティストやビデオを使って作品を制作するアーティストが受賞します。

ジリアン・ウェアリング
《60分の沈黙》
1996年
ヴィデオ、60分
サウスバンクセンター、アーツカウンシル・コレクション、ロンドン蔵
Courtesy: Maureen Paley, London

ダグラス・ゴードン
《Confessions of a Justified Sinner》
1995年
ヴィデオ・インスタレーション
カルティエ現代美術財団、パリ蔵
From Dr. Jekyll and Mr. Hyde, 1931, dir. Rouben Mamoulian, Paramount Pictures
© Metro Goldwyn Mayer/United Artists.
Courtesy: Gagosian Gallery.

また、1996年受賞者のダグラス・ゴードンの作品『Confessions of a Justified Sinner』は、ジキル博士とハイド氏の映画のシーンを彼がさまざまな編集技術を加えて、2面のプロジェクションで見せる作品。それぞれの善人/悪人の顔が映像加工によって、善と悪の境界を曖昧にするという作品です。

デミアン・ハースト
《母と子、分断されて》
1993年
208.6 x 332.5 x 109cm (x2)、113.6 x 169 x 62cm (x2)
スチール、ガラス強化プラスチック、ガラス、シリコン、牛、子牛、ホルムアルデヒド溶液
アストルップ・ファーンリ近代美術館、オスロ蔵

90年代のイギリスで、もっとも有名な現象「YOUNG BRITISH ARTIST」(通称YBA)は、当時20代後半から30代のイギリス人のアーティストによって構成されましたが、その代表格がデミアン・ハーストです。こんかい展示される作品『母と子、分断されて』は、親牛と子牛を縦に真っ二つに切って、それをホルマリン漬けにしてガラスケースに入れた作品で、好き嫌いがはっきりわかれる作品ですね。実際に見ると、ものすごい迫力です。 作品『母と子、分断されて』は、こんかいの展示のために特別に再制作されていて、展覧会後は、テート・モダンに寄贈されることが決定しました。アジアでこの作品は初公開となりますが、おそらく日本でもこんかいが最初で最後の展示となるはずです。というのも、この作品を展示するためだけにロンドンから技術者が4名来日するなど、技術的に費用的に大変な作品なのです。
デミアン・ハーストではもう一つ作品を展示。これはスポットペインティングという彼の連作シリーズで、大きなキャンバスに同じ色を絶対2回使わないというルールで、ドットを並べる作品です。


キャビンフィーバー死のシーン

クリス・オフィリ
《ノー・ウーマン、ノー・クライ》
1998年
243.8 x 182.8 x 5.1cm
アクリル、油彩、ポリエステル樹脂、紙のコラージュ、地図用ビン、象の糞、カンヴァス
テート蔵

1998年受賞者のクリス・オフィリは、黒人として初受賞者。特徴は象のフンをいつも使うことですね。作品の下には、コーティングされた象のフンが置かれていますが、白人の目から見て、黒人は未開である、だから象だというステレオタイプを逆手にとって、あえて象のフンを作品に使っています。
作品『ノー・ウーマン、ノー・クライ』は、いろんな写真を貼りつけて、その上から透明コーティングを施して、さらにその上にレイヤーをつくるなど、何層にもなっていて、とても美しい作品です。作品名は、ボブ・マーリーの有名な曲からですが、ロンドンでスティーブン・ローレンスという黒人の少年が殺された事件があって、それは人種差別的な衝動殺人でした。それに対して警察側は目撃者がいたにもかかわらず証拠不十分と� ��て、一度容疑者を無罪にしたりしたんですが、それに対してメディアが人種差別だと書き立てて論争を呼びました。この黒人の女性の流す涙の一粒一粒には、その少年のポートレイトが貼ってあります。一見すると精密できれいな作品なんですが、じつは強いメッセージが込められています。

順路4:21世紀セクション

ヴォルフガング・ティルマンス
《君を忘れたくない》
2000年
インクジェットプリント
Courtesy: The artist and Maureen Paley

テート・モダンという近現代美術を見せる美術館がオープンした2000年の受賞者は、日本でもファンの多い写真家、ヴォルフガング・ティルマンス。記念すべき年にイギリス人ではなく、ドイツ人のティルマンスの受賞には、"イギリス美術もこんなに国際的になりました"というメッセージが読みとれます。
こんかいはティルマンスが過去に撮りためた写真をいくつか選んで展示しますが、壁にテープで留めただけのカジュアルな固定方法で、空間全体をひとつのインスタレーションとして見せます。さらにケース内には、写真集『コンコルド』と、ティルマンスが編集した『BIG ISSUE』を展示します。

2000年代で話題といえば、2001年の受賞者マーティン・クリード。空間の中にある天井の照明が5秒おきに点滅するだけの作品です。普通の美術館なら、絵があったり、彫刻があったりしますが、その期待を見事に裏切って、一瞬戸惑いますが、空間内には観るものがないので、否が応でも床や天井を観ることで、普段気づかないことに気づかされるという究極のコンセプチュアルアートですね。まさに、物体ではなく、コンセプトが大事という作品です。


マーティン・クリード
《作品 No.227 ライトの点滅》
2000年
5秒点灯、5秒消灯
サイズ可変
Courtesy: The artist and Hauser & Wirth, Zürich and London

マーク・ウォリンジャー
《スリーパー》
2004-5年
ヴィデオ、154分
テート蔵
Courtesy: Anthony Reynolds Gallery

昨年2007年の受賞者は、マーク・ウォリンジャー。イギリス人アーティストで、奨学金でベルリンに滞在しているときの作品で、ベルリン新国立美術館のガラス張りの1階ギャラリーで、クマの着ぐるみを着た本人が、そこに夜一人でこもって、パフォーマンスをした様子を記録したビデオです。全部観たら150分という作品で、特にストーリーはありませんが、オフビートなノリで、くすりとさせられます。なぜクマか? ベルリンのシンボルがクマなんですね。市のシンボルを着て、ベルリン人になりすまそうというパフォーマンスです。

順路5:最後に

全23アーティストを観ていただいた最後は、映像を上映するコーナーです。名づけて「5分で観るターナー賞の歴史」。これまでの受賞パーティーの風景、たとえば、マドンナがマーティン・クリードの名前を読み上げるシーンや、受賞アーティストが作品を語ったりという、ターナー賞の作品以外の華やかさを観ていただけます。

こんかいの『英国美術の現在史:ターナー賞の歩み展』は、絵画、彫刻、ビデオ、写真などバラエティに富んだ展覧会で、そのビジュアルもポップなものから真面目な社会風刺までさまざまです。
ロンドンはいま世界中でいちばん現代美術が熱い都市。とにかくユニークな作品が集まっていて見応え十分なので、楽しんでいただけるものになると思います。

英国美術の現在史:ターナー賞の歩み展
2008年4月25日(金)〜2008年7月13日(日)

開館時間│月・水-日 10:00−22:00、火 10:00−17:00 ※4/29(火)、5/6(火)は22:00まで
いずれも入館は閉館時間の30分前まで
※会期中無休

入館料│一般1500円、学生(高校・大学生)1000円、子供(4歳以上−中学生)500円
※表示料金に消費税込
※本展のチケットで「MAMプロジェクト007:サスキア・オルドウォーバース」展、展望台 東京シティビューにもご入館いただけます/ご利用当日のみ有効


主催:森美術館、テート・ブリテン、ブリティッシュ・カウンシル、朝日新聞社
後援:外務省
助成:大和日英基金、グレイトブリテン・ササカワ財団
特別協賛:八木通商株式会社 マッキントッシュ リミテッド
協賛:ロイヤルバンク・オブ・スコットランド、アール・ビー・エス証券会社
協力:日本航空、ニコラ・フィアット、ボンベイ・サファイア



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