I WISH 最終部〜田津編〜
【第6章:白き世界に花は散る:◆SIDE:柊田津】
放課後の屋上に降り積もる雪。
私から温もりを奪う冷たさに身体を震わせた。
だけど、本当に身体を震わせたのは暁美と愛梨の拒絶、そして、秦に私と言う存在がどんなものだったかを知られてしまった。
私の中に既に絶望の二文字だけしか存在しなくなっていた。
「……優しい世界で生きられたらよかったのに」
私はフェンスを乗り越えて眼下を見下ろした。
強い風でも吹けばそのまま私の体はその場から流されてしまいそうだ。
「……終わりにしましょう。私は……消えてしまいたい」
私はフェンスを掴んでいた手を離そうとする。
その瞬間に私の耳にそ� �声は入ってきた。
「やめろ、田津。馬鹿な真似はよすんだ」
「お姉さま、やめて。そんな事されても、私はっ!」
暁美と秦、ふたりが屋上に姿を現した。
最後に顔が見たいと思っていたふたりがやってきた。
これが多分、最後の会話になると思う……。
言いたい事がまだ残っていた。
消え去るのは全てのけじめをつけてから……。
最後ぐらいは……嘘のない本当の自分でいたい。
私は俯かせていた顔を上げて、彼らを見つめた。
「田津……お前、自分が何をしようとしているのか分かっているのか。そんな事をしても何の解決にもなりやしない。現実からの逃避なんて意味はない」
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「そうでしょうね。それでも、私はエゴイストですから。全て、私重視で考えてしまうのですわ。いつも……こんな不器用な生き方しかできない」
「……間違ってるよ、田津。話し合いをする事だってまだできるはずだ」
「もう、遅いですわよ、秦……」
私は暁美の中にある怒りと悲しみを知ってしまったから。
彼女の流した涙の意味も理解して� �た。
私のしてきた罪を私自身が許せそうにない。
『私が嫌いなのは……田津の性格的なもの。自己中心的で汚れた自分を認めようとしない。自分を否定する人間が、他人を肯定できるわけがないじゃない』
愛梨の言葉、私は自分の過去を認めたくなくて、暁美の存在を認めてあげられなかった。
手遅れとしか言いようのないこの状況……先ほどの言い争いで私はそれを切に感じた。
『私に秦先輩を好きにさせておいて、奪い取るつもりだった。……そうですよね。私はお姉さまに嫌われていますから。そういう可能性だってあります』
暁美は私の事を嫌っている、どうしようもなく広がり続けている私たちの距離。
『……貴方が私を嫌うのは構わない。憎まれたっていい。でも、秦先輩を巻き込まないで。秦先輩は優しい人。誰にでも優しいから、傷つけないでください』
秦までこんな姉妹 のいざこざに巻き込む形になってしまった。
そして、私自身、彼を思う気持ちもバレてしまっている。
誰がメレンゲを踊る
絶対に手を出してはいけない禁忌の果実に私は手を出そうとしてしまったから。
『私は……そんな貴方の"破滅"を望み続ける』
愛梨の言うとおり、こんな私には破滅の道しか残されていない。
生きている価値なんてないのだから。
「……暁美、秦。私にはこれしか道がありません。私は……暁美に恨まれる� �をし続けてきました。その痛みを知った今、本当の意味で私はこの世界から消えてしまいたい。本当は私こそこの世界からいなくなればよかったのに」
「お姉さま、貴方は本当に私の事が分かっていない。私がそんな事を望んでると思ってるんですか。私は貴方の死なんて望んでいない……」
私に近づこうとするふたりに私は手で静止の合図をする。
ここまで来ないで欲しい、と。
「暁美、秦。� ��れは私なりのけじめなのです。完璧な白を目指しながら、自らの足で踏みにじって汚し、黒に染めた。完全なる存在を犠牲をともない求め続けたのに、それを成しえなかった。欠如していたのは心、それは……愛だったのかもしれません」
妹を愛していればこんな事にはならなかった。
どうしようもない痛みと共に胸が締め付けられる。
私の心は痛みすら感じないほど麻痺していたはずなのに。
「……ごめんなさい、暁美。私は貴方の姉にはなれなかった。本当は貴方の事が好きでしたわ。貴方は可愛い私の妹ですもの」
「何で今さらそんな事を言うんですか……」
「分かっています。今さら、言われても困るだけだと言う事も。これは私のエゴですわ。私は最後に貴方に謝罪したかった。信じて欲しいとは言いませんが、これだけは嘘偽りのない本当の私の言葉と想いです」
冷たい鉄のフェンス越しに会話する私たち。
私は肩に積もった雪を払いのけながら言葉を続ける。
「数年前、貴方の出生を聞いた私は湧き上がる気持ちを抑えきれませんでした。家庭が崩壊する危機と貴方の生まれた理由から、勝手に貴方を悪にして、汚れていると思い込んでしまった。全ての過ちの始まりです」
「両親の事に関しては私だって知りません。けれど、私はお姉さまだけは信じていたかった……。それなのに、貴方は私を裏切った」
傍目に見ていれば仲のいい姉妹だったと思う。
仲良く手を繋いで微笑みあい、思い出を共有しあう。
そんな当たり前の姉妹の関係が崩れていった。
私の嫉妬の行動が引き起こしてしまった。
「……私が暁美を傷つけたのは私の心の弱さです。本当なら傷つける事はしたくなかった。私は完璧主義者でしたから、貴方の存在を認めたくない気持ちがあった。暁美の出生に貴方自身には罪はないのを知っていたのに……」
暁美の表情はキッと厳しい瞳で私をにらみつけていた。
そう、それでいい。
貴方は私を憎んでいて欲しい。
今はその憎しみが私にとっての救いになる。
なぜなら……それでこそ、私がこの世界から消える理由になるから。
「私は暁美を憧れていました わ。誰かに縛られる事もなく、自由だった貴方が羨ましかった……。綺麗でいようと努力をして、完璧になろうと無理をして、それでも私は理想の姿に成りきれなかった。それなのに、暁美は何もせず、純粋に美しかったから」
何isdrama療法
私と違い、本当の意味で心が純粋さと生まれもつ白さを持っていた。
手を伸ばしても届かない羨望が私の暁美への愛情を憎悪に変えてしまったんだ。
「私は暁美の事を壊してしまいたかった。私の行動を正義と信じて、貴方の存在を悪と決め付けた。間違っていたのは私です。そんな事をするから、本当に汚れていくのにそれを見てみぬフリをしてきました」
私の懺悔にも似た告白に辺りが静まり返る。< /p>
粉雪がゆっくりと風に舞いあがる。
まるでそれは白い花びらが舞い散るように見えた。
「……秦、私は嘘を積み重ねて生きてきました。他人、自分、全てを騙して、柊田津というお嬢様を演じてきたんです。周囲の求めるままに完璧を求めた。間違いだと振り向こうとした時があっても、私には振り向く事さえしなくなった……」
「……そんな自分に気づいた。それだけでも、田津は変わろうとしている証拠� ��ろ」
身を凍らせる寒さに吐く息も白く、寂しさがこみ上げてくる。
「ええ。だから、今は自分が最低だと思えるのです。生きる希望が見つからない。どうする事も出来ない。これが正しいと思えるものが分からない」
私はフェンスを掴んでいる手に力を込めながら、
「お人形を演じて、本当の人形になってしまった。全ての結末が他人を傷つけていただけなんて、本当にひどい人生ですわね。本 当に救いようのないほどに」
自嘲する私に暁美が静止の言葉を告げる。
「もうやめてください」
暁美の瞳から怒りの感情が消えていく。
それは私の予想だにしていない暁美の行動。
「私の憎しみがお姉さまにとって消える理由になっている。それなら、私は貴方を許します……私だって本 当は昔みたいに戻りたい。仲のよかった頃に戻りたいです」
真っ直ぐに暁美は私を見つめていた。
私の事を許す?
あの頃に戻りたい?
私はその言葉にまたしても動揺する。
「……暁美。貴方、何を言ってるの……?」
「私は� ��姉さまには生きていて欲しいです。私が貴方の死を望んでいるなんて思わないでください。自分に罪があるというのなら、生きてその罪を償っていてください。そうじゃないと本当に私は救われない」
「だ、だけど……それは暁美の……」
「……それとも、貴方の罪は死ねば消えると本気で思ってるんですか。消えるのは貴方への憎しみでも、罪でもない。貴方自身の罪の意識だけ。自分が救われたいだけなら、私のせいにしないでください。お姉さまの本心はどちらなんですか?」
……最後に私は嘘はつかないと決めていた。
私は暁美のために消えるのか、それとも、自分のために消えたいのか。
自問自答、肯定と否定を頭の中で繰り返す。
ようやく答えは……あまりにも単純な答え。
「……私は暁美や愛梨と本当は一緒にいたい、その気持ちの方が大きいに決まっている。でも、私はふたりから嫌われてしまいましたから。私は今も罪を積み重ねています。私が愛梨と暁� ��に嫌われた最大の理由。それは秦、貴方を好きになってしまったから」
私は今度は秦の方を向いて、その言葉を想いを込めて囁いた。
アントニオ·ヴィヴァルディは何個のタイプを書いたのですか?
「……好きですわ、秦。私は暁美の言った通り、貴方を愛しています」
好きな人に好きと伝える事がこれほど難しく大変な事なんて。
でも、だからこそ"愛してる"という言葉には重みと責任がある。
「ホント、何を言ってるんでしょうね、私は。それでも、貴方には聞いて欲しい。私が貴方を好きだった事を。秦は優しすぎる、と前に言ったでしょ� ��。貴方の優しさは私にとっての刃だった。優しく微笑みかけてくれるだけで私は傷ついていました」
雪を抱えた冷たい風が私たちの間に吹いた。
「けれど、その痛みは嘘を重ねていた私の心の痛みを和らげる痛みだった。痛みで痛みをごまかし続ける、それが私の支えになって……今でも私の中に残り続けている」
秦は私の告白をただ静かに聞いてくれた。
彼は何とも言いぬくそうに言葉を放つ 。
「田津が俺の事をそういう風に見ていた思っていなかった」
「ええ、隠してましたから。暁美や愛梨にはバレてましたけれど、秦は人の想いに鈍感ですものね。それでも、貴方の鈍感さに私は救われてました。秦なら分かっているはず、人の想いに答える難しさを」
秦への告白、彼が私の想いを聞いてくれただけで私は満足していた。
はじめからこの気持ちを叶えるつもりはなかったから。
「告白の答えは要りません。私のためにも、暁美のためにも。だけど、ひとつだけ言わせてください。秦、暁美の事をお願いします。この子には秦が必要ですから」
私は彼に全ての願いを託した。
秦ならば、私のいなくなった後でも暁美を支えてくれるに違いない。
「何言ってるんだよ。これから、田津も一緒に……」
「いえ、私にはその資格はありませんもの。秦、本当に迷惑をかけましたわ。最後まで私は自己中心的な考え方しかできませんでした。こんなにも後悔の残る生き方しか出来なかった自分を本当は変えたかった」
後悔するような人生、それでも私は秦に会えてよかった。
貴方に出会えなければ私は自分の罪を省みる事すらなかったから。
風がフェンスを揺らし、私はちらりと鉄網を掴んでいる手に目を向ける。
< strong>「やめろ、田津……。キミは今から変われるんだ。やり直すんだよ、全部。変わろうと思ったんだろう。人は変わろうと思う意思があれば何でもできる」
「……変われる?人はそんなに簡単に変われません。私はまた大切な人を裏切るから。私は貴方を望んでしまう、そんな自分が怖いのです」
変われる、それは綺麗事だと言い返すつもりはない。
彼の言うような"やり直し"のきく世界ならよかったのに。
< /strong>
「怖がるなよ、最初からやり直すんだ。生きている限りは何度もやり直せばいい」
「秦、ありがとう。でも、その優しさは私には居心地がよすぎるの。優しい世界でいられたらいい。そんな世の中なら、私も暁美も、何も心配する事がないのだから……」
私の好きな人たちの幸福を願う。
こうする事でしか私は罪を償えない。
私の行為にふたりは傷ついてしまうだ� �う。
本当に自分勝手、私は最後まで自分の事しか考えてない。
「暁美……本当にごめんなさい。後はよろしくお願いしますわね、秦」
風を身体で感じながら、私は彼らにその言葉で終わりを告げようとする。
「さようなら……」
これが終わり、私はその言葉を口にして瞳を瞑る。
頭によぎるのは愛する人たち、私はフェンスを掴んでいた手をそっと離した。
ゆっくりと身体が後ろの方へと重力に引っ張られる。
ふたりの悲痛な表情を見つめながら、私の体は宙に持っていかれる……。
「ダメーッ!!」
……はずだった。
女の子の叫び声、白い雪の舞う中で私の手を掴んで支えてくれる。
「……どうして……ですの?」
ギリギリのところで私の足は踏み外されずに止まる。
< p>差し伸ばされた腕、しっかりと握られた手が私を再びフェンスの方へと戻されていく。
その白い肌をした女の子の手が私の手を握り締めていた……。
「お姉さま……本当に貴方はバカですね。チャンス、あげます。やり直せるチャンスをさしあげますから。だから、こんな事で消えてしまうなんてやめてください」
私の手を離さず救ったのは……暁美だった。
裏切って傷つけた愚かな姉を妹が救ってくれた。
「……なぜ、暁美が私を……。私は貴方を傷つけ、殺し続けてたのに……」
「好きだからです。お姉さまは私の事が好きだって言ってくれましたよね。私も本当はお姉さま……お姉ちゃんの事が好きなんです。大好きですから」
瞳からあふれ出す涙の雫が雪と混ざり合い溶けていく。
「田津……やり直そう。俺達� �一緒に、歩んでいこう。ゆっくりでもいいから」
「……ぅっ……はい……」
暁美は私の事を許してくれた、姉だと認めてくれた。
初めからやり直す、姉妹関係も私自身の生き方も見つめなおそう。
私はもう1度、暁美と秦たちと一緒にこの世界で生きてみたい。
真っ白い雪の煌きが静かに私たちを見つめてい� �。
【 To be continue… 】
☆次回予告☆
崩壊しかけた姉妹の絆が蘇る。
子供の頃のような絆を取り戻す暁美と田津。
秦もふたりを優しく見つめていた。
苦しみからの解放。
そんな彼女達に最後の運命が待ち受けていた。
【第7章:舞い散る雪に願いを込めて】
確かにその夜、姉妹は幸せを取り戻した。
しかし、舞台は衝撃的な結末により終幕する。
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